2015年01月22日

今年の特別展予定と、自分の興味のこと

去年は各地の特別展目当てであちこち行きましたが、今年は去年買い込んだ図録をまず読むとこから始めないとなーと思いつつ、現時点で行きたいメモ。

1月
みちのくの仏像 東京国立博物館


高野山開創1200年特別公開
桃山時代の狩野派 京都国立博物館

白鳳 奈良国立博物館

以下は、一回書いておこうと思ってた、自分がどんなふうに興味を広げてきたかってことです。

高校生の時は頭は悪くなかったんですが、とにかく暗記させられるというのが苦手で、日本史は年号がどうしても覚えられなくて大嫌いでした。
今になって大人の目で見ると、めんどくさい(しかも本人の自意識とは別によくいるタイプのめんどくささの)生徒だったと思います。
で、日本史の先生が、教科書の内容をやる気がないのはもうしょーがないから、これを読めって貸してくれたのが藤森栄一の『銅鐸』。日本中の素人考古ファンをたぶらかしたこの本で、与えられる暗記作業は嫌だけど、自分から興味を持って、調べて、読んでって作業ならいくらでもしたいってのに気がついたのが、たぶん始まり。
銅製品への興味はここから始まっています。

それで、大学1年生の時にとった教養の中の基礎ゼミという授業で、専門課程に進む前に文献の読み方とかレポートのまとめ方とか学ぶ授業だったんですけど、たまたま日本史の先生のを選んで、その時1年間のまとめとして各自テーマを選ぶんですが、私はじゃんけん的なものに負けて残ったのから選んだのが「皇極天皇」でした。
資料はふんだんに先生が貸してくれて、読み漁るうちに、日本書紀のこれに行き着くわけです。

是夕於朝倉山上有鬼、着大笠臨視喪儀、衆皆嗟怪。


皇極天皇、重祚して斉明天皇が亡くなった時、葬儀を朝倉山の上から大笠を着けた鬼が見ていたっていう。
伝奇っぽいものとかラノベを読んで育った者なので、鬼にはもちろん食いつくわけですけど、なぜこの記述が書かれたのか?っていうのを疑問に思って、そこから鬼への興味が始まりました。

大学生の時はやりたい研究がはっきり決まってて、日本史は1年でおさらばの筈だったんですが、いろいろあってそっちで挫折してどうにもならないまま卒業した後、この日本史の先生に拾ってもらって水戸黄門に従ううっかり八兵衛みたいにあちこちご一緒して、ずいぶん長い間面倒を見てもらいました。
結局私はただの半端者でいい弟子にはなれなかったけど、師匠には旅の仕方を教わりました。

師匠に従ってあちこち行くうちによく見かけるなーと役行者に惹かれたのは、鬼を2匹従えてるからです。前鬼と後鬼。
そこから、実在の人物が信仰の対象になること、人が物語として語られることに興味を持っていきました。

仏像にはまったのは、2008年の大阪市立美術館の「三井寺展」がきっかけでした。
関西に住んでることもあって、けっこう仏像を見て回るには恵まれた環境にいるし、それなりにあちこち見て周って経験値は少しは貯まってるけど、未だに美術的ななんかとか技術的ななんかとかはよく分からなくて、じゃあなんでこんな風に取り憑かれたように見て周ってるかというと、出会ってしまったからだと思う、運命の仏像に。
これが人だったら一目惚れしてるだろうっていう、人が造った像だという認識をはるかに越えた何か特別な感興をひき起こす何かに。
だから、そういう出会いがまたあるかもしれないと思ってあちこち周ってるんだと思います。
和辻哲郎の『古寺巡礼』読んだ時は著者にとって不空羂索観音なんだろうなーと思ったし、私にとっては園城寺の如意輪観音坐像。

そういや去年は三井寺の特別公開で6年ぶりに如意輪観音様にお会いしてきました。相変わらずお美しくて、我々のような者をけだるく見下ろしていらっさった。
posted by すずる at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 私的メモ
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