2005年06月14日

聞きたいけれど聞けないこと

 長い時間歩いていると、ふと、自分はさっきの交差点で車にはねられてしまったのに、意識だけがいつまでも歩き続けているんじゃないか、と思うことがある。
 ひたすら歩いていると深く考えごとをしてしまい、僕が現実と乖離していくんだ。
 こうなってしまう原因のひとつは、僕の中に確かに車にはねられた記憶が眠っていることだろう。
 僕は普段はその時の記憶を失っている。無理に思い出そうとすると、ゆるやかに視界が、意識が薄れていくのを感じる。
 大けがを負ったその記憶を思い出さないのは、僕の優秀な安全装置によるものだろう。
(ついでに過去の記憶まで失ったのはやりすぎだと思うが)

 とはいえ、自分が生きているのか死んでいるのか分からないというのは、少し落ち着かないものなので、いつか誰かに聞いてみたいと思っていた。
 僕は今、生きているのか?
 
 常識的に考えれば、僕が現実に生きているならば相手は僕を哀れんでくれるだろう。もしくは蔑むのか、これはどちらでも大差ない。
 これが僕の夢ならば、僕の望む答えが返ってくるだろう。もしかしたら悪夢かもしれないが。
 僕の望む答えは?
 そうだな、もし僕が死んでいるのなら、ほんの少しそれを残念と思うのかもしれないな。それか、死んだのにいつまで歩けばいいんだと悪態をつくかもしれない。
 僕が生きていて、ほんの少し頭のネジがゆるんでいるだけ、その可能性は大きいから、そうしたら僕は、僕が質問をなげかけた相手が僕を見る視線に耐えなければならなくて、そんな問題は僕が生きているか死んでいるかに比べたらどうでもいいことなんだけど、僕の生死だって相当どうでもいい話なので、僕は迷わざるをえない。

 こんなことをぐだぐだ考える理由は、さっきから僕は迷っているんだ。
 僕は車を運転している。けれどさっきから僕は自分が生きてるのか死んでるのか分からなくなってきている。
 いつから僕は信号を見てない?
 聞いていた筈のiPODはいつから止まっている?
 それに、隣りにいるはずの彼はいつから喋ってない……?

 僕は言葉を口にするかしまいか迷っている。
posted by すずる at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言

2005年06月04日

月夜の泥棒

 僕んちの近所の蕎麦屋に5年前入った泥棒が捕まったのだ、と聞いた。
 思い返せば5年前にも僕はそこで蕎麦を食べていて、蕎麦屋の親父から泥棒の話を聞いていたのだった。
 泥棒は店の硝子窓を割って侵入し、誰かに見つかった時のために厨房の包丁を手にし、小さなレジを盗んで逃げた。
 レジは、蕎麦屋からそう遠くない空き地に空っぽになって転がっていたという。

 そう話す親父がどうも憎めない様子だったのは、レジにはほんの小銭しか入っていなかったことと、レジに入っていた親父の免許証が、申し訳なさそうに店の近所の軒先にそっと置いてあったということだろう。

 捕まった泥棒は、70を過ぎたおじいちゃんだったと聞いた。

 僕は泥棒のことを想像する。
 多分その泥棒は、蕎麦屋に下見に来ただろう。もしかしたら僕の隣で蕎麦をすすったかもしれない。
 そして月のない夜に・・・・・・プロは月のあるなしなんて気にかけないだろうか・・・・・・窓をできるだけ静かにぶち割って、もしもの時のために包丁を手に取る。
 僕はここで、感謝しなければならない。泥棒が蕎麦屋の親父にその包丁をふるう羽目にならなくて済んだことを。そんな場面はぞっとしないし、泥棒にとってもそうだろう。
 そして、レジの電源コードを引き抜いたらおさらばだ。

 泥棒のおじいちゃんがレジを抱えて走る夜。
 その姿は月に照らされていたかもしれない。
 僕は目を閉じて、その時泥棒が何を考えていたのかトレースしようとこころみてみる。
posted by すずる at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言

2005年02月06日

自分のことを、首に鈴をつけられた猫だと考えるのはそれほど愉快なことじゃない。
時には好きに走ることもできる。けれどいつかは必ず帰らなければならない。自分の居場所に。

そんなことを考えていたせいか、最近どうも昔の記憶に浸りたくなる。
天気予報で、朝から夜まで降水確率0-20%を確認して、海に行ってみることにした。
単に、LOMOで砂丘を撮りたかったというのもある。

僕が小学生の頃、春の遠足は必ず街の南のほうにある砂丘に行くことに決まっていた。高学年になると、片道8kmほどの道のりを徒歩で往復する。
不確かな記憶によれば、それなりに広い自動車道路をえんえんと歩き、道の片側にレンゲ畑が広がると海はもうすぐ。市名の由来にもなった松並木の向こうに砂丘が広がり、砂の丘を越えれば、海だ。
駅でバスに乗ると、ほんの250円の距離。

昔レンゲ畑だったところはどのへんなんだろう。点々と建っているラブホの記憶で塗り替えられている。

そんなこんなで、よりによって2月の朝9時に砂丘にいた。
砂上で体育座りしてみた。ほんの数枚の写真を撮った。
こんな日のこんな時間にここにいるのは自分くらいかと思ったら、3、4人のサーファーと、散歩らしき人が数名。

風が強く、足跡はすぐ消える。記憶と一緒だ。

海浜公園まで戻ったところで、ブランコを発見。いつでもブランコに乗る機会を虎視眈々と狙っている僕としては、乗らないわけにはいくまい。
不機嫌な顔で全力で漕いでいたら通りすがりの人に写真を撮られたがキニシナイ。

帰りは歩いて帰る。畑らしきものはあったけれど、レンゲの面影はなかった。
駅の近くまで戻って11時。モスで昼食。帰るには少し早いので、駅から2kmほど離れたブックオフに徒歩で行くことにした。
収穫はなかったけれど、手ぶらで帰るのは痛む足が悔しいので、3冊購入。

『風に訊け ザ・ラスト』 開高健 集英社文庫
『寝台特急「はやぶさ」1/60の壁』 島田荘司 光文社文庫
『深夜倶楽部』 都筑道夫 徳間文庫

だんだんテンションが高くなってきたので歩いて帰宅。
 
posted by すずる at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言

2005年01月31日

結婚式参列→帰宅

 友人の結婚式に参列してきた。
 新郎新婦共に大学時代からよく知っていたので、来客も見知った顔ばかりで、ちょっとした同窓会だった。
 
 結婚した友人は、親しさの度合いとは別に、僕にとっては特別な友人である。
 多分むこうはこちらのことを、少し迷惑な、けれど(結婚式に呼ぶ程度には)憎めない知り合い、くらいに思っているだろうけれど。
 というのもこの友人は、大げさにそして少し美化して言えば戦友で、もう少し身近な言葉に直せば共犯者だからだ。
 この友人と僕のどちらかが、おそらく彼女を記憶する最後の1人になるだろうから。

 結婚式は通過点のひとつに過ぎない。後に残るのは疲労と後片付けと、これからどれだけ続くか分からない日常だろう。
 けれど、この結婚式は、確かにひとつのクライマックスだった。
 僕と友人と彼女の物語の。
 何はともあれ、肩の荷はひとつおりた。彼女との約束は果たされた。

 さて、式場では何年かぶりに教授と会い、会話した。担当していただいたわけではないが、卒業後に研究生としてだらだら過ごしていた僕にいくつかの指針を与えてくれた方でもある。
 最近になって、なぜ学生時代にもっとがむしゃらに読み、学んでいなかったんだろうと後悔していたので、話していて少し肩身が狭かった。学ぶ気持ちさえあれば、教授はいつでも力になってくれたはずなのだ。
 今からでも学ぶことはできる。遅すぎるということはない。……そう考えてみても、あの頃のような時間は僕にはもうないのだ。
 
posted by すずる at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言

2005年01月12日

冬の空気

 駅の中の薬屋をやめた僕は、ほぼ常連客で構成されている小さな店で働いている。
 お客の年齢層は子どもからお年寄りまでまちまちで、共通しているのは、僕がかれらの名前だけは知らないということ。顔も好みも記憶していたとしても、僕はかれらの名前を知ることはないし、必要最低限以外の話をすることもない。

 さて、そんな店で働いていて、特に今の季節を感じさせるのは高校生だ。卒業を間近に控えた。
 かれらは店に入ってきて、もう何度も来ているにも関わらず、初めて来たような顔で店内を見回す。店の片隅で湯気をあげている薬缶や、多分今まで見たこともないだろう壁掛けに目をとめる。
 そして、初めて会うような顔で僕の顔を見る。
 かれらは一様に妙に陽気で、初めて僕に声をかけたりする。そして、「また来るから」なんて言ったりもする。
 僕はかれらがもう来ないことを知っている。
 けれど、かれらが連れてくる、卒業後へのはなやかな予感、期待、不安、高校生活が終わることへの戸惑い、時間が流れているということを初めて実感したときの焦りに似た気持ち……そんな空気。それが、僕にとっての風物詩だ。

 そんなことを考える私も、似たような気分なのかもしれない。
 散歩のついでに、八幡宮に寄ることにした。お稲荷さんにも挨拶した。食料品を買い込んだ後、外のたいやき屋でたいやきを1個買った。
posted by すずる at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 戯言