2015年03月21日

姫路城と竹内栖鳳展

姫路に行ってきました。
姫路城天守閣の保存修復工事が終わり、グランドオープン目前の……オープンしたら混みそうなので、今ならまだ空いてるだろうという目論見。
というより、関西ウォーカーを読んでたら明石のたこづくし定食が載ってて、去年の夏に行って以来魚の棚商店街の虜なので、ちょうど18切符のシーズンだから日帰りで、明石のついでに足を伸ばして行ってみるかくらいの気持ちで出発。新快速で大阪から約1時間。
姫路駅で降りて北口に出ると、もうお城が見えていました。これは迷いようがない。

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せっかく来たので姫路城ミッションスタート。駅からお城までの道すがらにもポータルがあるので拾いつつ。時間が3.5hとなってて、そんなかかるかな?と思いながら受けたけど、実際かかった。
まっすぐ城に突入すると後で遠回りして苦労するので、公園の外側、千姫の小径の方か、美術館方面の方かどっち側か先に拾ってからお城の公園に入った方が効率は若干よかったんじゃないかと思います。
地元の人がたぶんいい回り方をうpしてくれてるはずなので、やるつもりで行かれるなら事前にぐぐっていった方がいい…。

それはさておき、姫路城。

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小学生の時に家族旅行で来て以来ですが、やっぱりこの規模がすごいです。
何重にもめぐらされた石垣とか、そう、石垣が野面積みって書いてありましたけど、表面が整ってなくてごつごつした感じがかっこいい。強そう。家族と「これは攻めにくい」「これは強い」って言い合いつつ歩きました。
百間廊下の中に、たぶん池田氏の揚羽蝶の紋の瓦が展示されてました。

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蝶紋かっこいい。

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オープン前なので入れたのはここまでですが、それでもけっこう堪能しました。
また落ち着いた頃に行こう。

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歩いてて見かけたマンホール。白鷺城にちなんで白鷺?っと思ったけどよく見たら違うな、花だなこれ。
最初に受けたミッションのためにお城のまわりをぐるっと歩いていたのですが、市立美術館で竹内栖鳳展をやっているのを知って、去年静岡のアニマルワールド展で見て記憶に残ってたので見たくなってしまい、この時点でお昼近かったので明石には夕食を食べに行くことにして、お弁当を買って公園で食べてから美術館へ。

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生誕150周年竹内栖鳳展。伝統的な日本画を学んで、渡欧して西洋の技術も取り入れた画家。印象的な絵がたくさんあった。
動物を描けばその匂いまで描くと言われたそうで、猫でも雀でも触ったら体温がありそう。
雨に煙る風景画もよかったな〜。雨に溶け出していく風景。
あと2人の画家の合作というか寄せ書きの、薔薇と蝶の絵がよかった。画家が色を置いていったらそれが薔薇になり、加えて置かれた黄色が蝶になる、色に生気が宿る感じ凄い。
あと、扇を持って舞う骸骨!これのグッズがあったら欲しかったけどなかった。

唯一出品された油絵という「スエズ景色」があって、それが二楽荘の絵葉書の中にある絵と似てることから、一時二楽荘に置かれていたんじゃないかって繋がりで龍谷の二楽荘展の図録も置いてあった。気がつく人すごいな。

私は絵を見る眼はないんだけど、っていうのは何回も言ってるんだけど、日本画に関しては京博の山楽・山雪、名古屋で見た応挙展、それからこれで少し自分の好みが分かってきたかも。
今回展示されてた猛虎とか、部分的に見たら墨のにじんだ線なのが全体で見たら虎の模様になる、筆先から生まれた線が絵になっていくのが見える絵が好きなのかもしれない。

バスで駅に戻り、JRで垂水に移動してスパ銭でまったり。お風呂の後、相方はマッサージしてたので、私は休憩所で読書。夕方になってから明石に移動して、やっとメインの目的を果たしました。

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たこづくしー。お刺身おいしかった…。

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明石焼きはベツバラ。
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2014年12月21日

今年見た美術館、博物館メモ

そろそろ暮れも近づいてきたので、今年のことをまとめるメモを残しておこうと、まずは行った美術館と博物館。
今年はなんか勢いでいろんなところに出かけたので、自分でもなにかちゃんと糧になってんのかなとか、見る目が養われてるのかなあとか悩みつつあるこの頃。

興味は銅製品、仏像、現代美術、建築、あと庭園に向いています。

今年見た中では春の「山の神仏」展が素晴らしかったな〜。あと夏に講座を受けたので、「醍醐寺のすべて」展も印象深いです。
秋の智証大師生誕1200年の三井寺の特別開帳と、それに合わせた大津歴博の展示も良かったです。
あとはへんろ展で四国4県をまわったり、九州仏を見に福岡まで遠征したり。
仏像では、春に岡山旅行に行った時に立ち寄った兵庫県の浄土寺の阿弥陀三尊像素晴らしかったです。

けっこう交通費で出費したので、行きたかった特別展いくつか行けませんでした。

以下は今年行った美術館、博物館のメモです。

2/9 とおくてちかい仏教美術 大阪市立美術館
3/15 円山応挙展 承天閣美術館
3/21 奈義町現代美術館
3/27 東大寺展 あべのハルカス美術館
4/24 南山城の古寺巡礼 京都国立博物館
4/25 山の神仏 吉野・熊野・高野 大阪市立美術館
5/1 プライベート・ユートピア 伊丹市立美術館
7/23 醍醐寺のすべて 奈良国立博物館
8/9 アニマルワールド 静岡県立美術館
8/15 拡張するファッション 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
8/21 醍醐寺のすべて(2回め) 奈良国立博物館
9/5 村野藤吾やわらかな建築とインテリア 大阪歴史博物館
9/13 イメージの力 国立民族学博物館
9/19 四国へんろ展 高知県立美術館
9/20 四国へんろ展 愛媛県美術館
   文化庁メディア芸術祭松山展 上同
9/21 瀬戸内海歴史民俗資料館
   手のひらの上の仏像 四国村ギャラリー
10/31 国宝鳥獣戯画と高山寺 京都国立博物館
11/12 四国へんろ展 徳島県立博物館
    四国へんろ展 香川県立ミュージアム
11/19 三井寺 仏像の美 大津市歴史博物館
11/20 九州仏 福岡市博物館
    祈りの継承 ユダヤの信仰と美術 西南学院大学博物館
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2014年11月17日

四国へんろ展

今年は四国霊場開創1200年だそうで、四国4県のそれぞれで「四国へんろ展」が開催されました。
お遍路への興味って自分の場合何から来てるかよくわからないんですが、勢いで4県まわる決心をして、2回に分けて行ってきました。

1回目は9月。
夜行バスで高知に朝6時に着いて、会場が開くまで土佐電の1日乗車券を買って終点の伊野まで行って椙本神社にお参りしたり、途中下車してちょっと歩いたりして時間をつぶし、高知会場の高知県立美術館へ。

四国へんろ展の構成は各所とも、弘法大師信仰、へんろ成立以前の四国の信仰、四国へんろの形成と展開、それから各地の霊場の文化財となっています。

弘法大師信仰ってぴんと来なかったんですが、同行二人の精神で厳しいへんろ道を歩いて、札所で出会う(姿を現す)弘法大師像っていうのは格別な宗教体験なのかもなー、と図録の文章を読んで思いました。

高知で印象的だったのは、まずは最御崎寺の石造(大理石?)の如意輪観音半跏像がすごく肉感的だったのと、あと面白かったのは金剛頂寺の平安時代の密教法具をまとめた旅壇具、土佐神社の神宝鯰尾矛。柄の方が口を開けた鯰の頭になってるみたいな今まで見たこと無い形状の銅製品。
仏像は全体的に優品っていうのか、いい仏像が多いなーという感じ。
長宗我部氏の菩提寺である雪蹊寺の湛慶の毘沙門天立像と脇侍の三尊像は、夫婦と子供の一家の像にも見えて、吉祥天の衣服の襞の表現とか善膩師童子のあどけない表情とか、これから湛慶って言われたらこれを思い出すことになるだろうなー。
金剛頂寺の両頭愛染曼荼羅図もよかったです。高野山霊宝館にあってもおかしくないような。

見終わった後は夕方まで軽く観光してバスで松山に移動して松山泊。
翌日、愛媛会場の愛媛県美術館へ行きました。

愛媛会場では、高知の海沿いの巡礼道というイメージから山岳信仰のイメージへ。なんつっても石鎚山がありますもんね。蔵王権現の懸仏とか見たことないような可愛いお顔でした。それから愛媛には開創が役行者っていう札所もいくつかあるんですね。俄然興味が沸いてきた。
それから九州との地理的な結びつきとか、中国、九州地方から四国入りする時の玄関口としての面も分かる資料がありました。
あとは、愛媛出身の一遍上人に関する展示(国宝の一遍聖絵は残念ながら展示期間外で複製でしたが)、最近の調査の成果ということで太山寺の宝物がたくさんあって印象に残りました。

仏像では浄土寺の空也上人像。六波羅蜜寺のと比べてもたぶんひけをとらない気がする、けど、表情があまりに違っていて、何て言ったらいいんだろ、惚けたようなちょっと正気を失ったような表情に見えて異様に感じた。
太山寺の十一面観音はいかにも平安仏って感じで、優美で華やか。
歴代の天皇が納入したという十一面観音像が本尊と併せて7躯あって、展示写真で見たけど十一面観音ばかりがそれだけ並んだ内陣ってだいぶ珍しいと思います。50年に一度のご開帳は行けないけど、国宝の本堂も見たいしいつか行きたい。

愛媛会場では、たまたま切れてたのか見逃したのか分かりませんが、出品目録がなかったのが残念でした。

その後は松山から高松にJRで移動して家族と合流して、美味しいお店をまわったり、その次の日はレンタカーで白峰寺へ。崇徳天皇850年御忌法要で崇徳天皇の御廟所の頓証寺殿奥殿ご開帳と寺宝館公開に行った後、瀬戸内海歴史民俗資料館と四国村ギャラリーの「手のひらの上の仏像」展をはしごしました。

で、先週12日。今度は徳島と香川に行ってきました。

朝6時台の高速バスで徳島に行き、バスで徳島県立博物館へ。博物館まで行くバスは本数が少なかったので、手前の市原行きのバスに乗って歩いたら、けっこう交通量があるわりに歩道がなくて怖かったです。

徳島会場では、さすがに3県目ということで、他会場で見たものも複数見受けられます。
徳島ならではってことでは、板碑の拓本がいくつかありました。阿波式板碑というのもあるらしい。
兵庫県の浄土寺から重源上人坐像が来てました。すごい写実。
出品目録を見て、期間外だった雲辺寺の聖衆来迎図は見てみたかったな〜。
4会場まわった中では展示とキャプションがわかりやすくて、札所の写真展示もよくって、もしへんろ展を全然見てない方にまとめとして1箇所勧めるなら徳島会場だな〜と思いました。好きな博物館になりました。

バスで徳島駅に戻ったら、10分後に特急が出るということで、おにぎりだけ買ってJR乗車。1時間くらいで高松へ。
最後の香川県立ミュージアムへ。
入り口で善通寺の金剛力士像がお出迎え。
善通寺の国宝錫杖頭とか、あと弥谷寺の四天王五鈷鈴は法具の鈴に四天王がついているもので珍しかったです。
珍しいといえば、和歌山の金剛峯寺からきていた水神像。室町時代の小さな像ですが、異様でした。銅製品に食いつく。
香川は智証大師の出身地でもあって、金倉寺の重文智証大師像が見られたのもよかったです。

4箇所まわって得たものは、四国八十八所ということで一括りに考えていましたが、四国っていってもところ変われば全然環境が違うように、1つ1つのお寺さんの信仰も、来歴も、かなり多様ということ、四国へんろの成立以前という視点が得られました。
最後の方の感想がぐだぐだになってきたけど、やっぱりお遍路は歩いてみなきゃな〜という結論です。
posted by すずる at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術館・博物館

2014年09月17日

村野藤吾展と「イメージの力」展

秋はあちこちの博物館や美術館が本気を出してくる季節で、今年は特に見たい特別展がたくさんあって、時間的にもコヅカイ的にもやりくりが厳しいのですが、とりあえず出かけてきました。

大阪歴史博物館の「村野藤吾 やわらかな建築とインテリア」展。
前に藤森照信のエッセイかなんかで、誰だったか有名な建築家が弟子に「インテリアは村野藤吾に学べ」みたいなこと言ったっていうのを読んで、恥ずかしいくらいうろ覚えなのになぜか村野藤吾の名前だけはしっかり覚えていたので、興味を引かれて行ってみました。

建物ごとに設計図、竣工当時の写真など当時の様子が分かる資料や、内装の一部や村野藤吾が手がけた家具などが展示されていました。
初期の建築を見ると、意外なくらい新しく見えるって言うか、素人目には今の目で見ても古びた感じが全然しなくて、洗練されてるように見えます。
それから見たことはなくても名前だけでも知ってるような建物が本当にたくさんあって、あれもこれも村野藤吾だったんだー、と。
馴染みのあるとこでは、近鉄の橿原神宮前駅舎とかがそうで驚きました。
活動期間が長くて現役の建物も多いので、これから見に出かける楽しみができました。

あと曲線を描いた階段が本当によくてですね、一体どれだけの人を階段フェチの道に引きずり込んだことであろうかと思ってしまうくらい、華やかで目を引きます。写真で見ても設計図で見ても実物(一部)で見ても美しい。
心斎橋そごう、見てみたかったなああ。

家具も装飾はあまりなくそれでいていかにも手がこんでる感じで、こんな椅子欲しい。(手が届かない)
全体的に、目に快いと感じる曲線でした。

展示の中にカトリック宝塚教会の岩田藤七作のステンドグラスが2枚あったけど、抽象的というか…なにか得体の知れない生物を標本にしたような妙な魅力があった。名前を覚えておこう。

それから、万博公園の無料開放の日に、国立民族学博物館の「イメージの力」展を見てきました。
各地の仮面や像、布類などがテーマごとに展示されています。

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異様に感じられるものがたくさんあってかなり楽しみましたが、今回の「イメージの力」展の意図として、地域など特に定めずに、造形で並べることで新しく見えてくるものがあるだろうか? と言われると、やっぱり見る者としては、仮面でも像でもそれぞれの作られ使用されている地域、民族、用途などに意識が引き寄せられてしまうなー、なかなか意味から離れて造形を見るという視点にはいけなかったです。

後半の、大きな模型に見えるカラフルな棺桶とか、空き缶から作った玩具とか、それ自体は実用的な用具を展示の仕方でアートっぽくするとか、物の意味が大きく変化する感じは面白かった。

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これが妙に惹かれました。秤かなんからしい。

うっかり仮面の柄のトートバッグ買ってしまった。

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久しぶりの万博公園ですがけっこう陽射しが強くて暑かったので太陽の塔だけ見て帰りました。
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2014年09月05日

夏季講座と「醍醐寺のすべて」展2回目

奈良国立博物館の夏季講座に参加してきました。
歴史の授業が苦手で高校生の時は日本史も世界史もひどい点数だったのに、博物館巡りが趣味になって、ベースになる知識の薄さに気がついて、自発的に講座に申し込むことになるとはなー。
家族の許しが出たので、2日めは奈良に泊まって、講座が終わった後で夕暮れ時の東大寺を歩いて法華堂でちょうど1人になって堪能するとか、贅沢な時間を過ごしてきました。

講座は「醍醐寺と南都の密教」という題で、夏の特別展「醍醐寺のすべて」の理解を深めるものと、どうして京都のお寺の特別展を奈良でやるのかというところから、醍醐寺と南都の関わりに焦点を当てたもので、現在の醍醐寺百三世座主のお話から始まり、建築、絵画、仏像、文書など醍醐寺での調査に携わっている先生方と奈良博の学芸員さんの計9コマ。

さすがに3日間の濃い講義をまとめるのは手に余るので、講座を踏まえて2度目の「醍醐寺のすべて」展を見て印象に残った感想を中心に、簡単ですが学んだことを書いてみたいと思います。

醍醐寺の開祖、聖宝理源大師は832年、讃岐の本島生まれ。
空海の実弟で高弟の真雅の弟子になり、東大寺で得度出家。
醍醐寺の開創は874年、貞観16年。
平安前期のこの貞観ってどんな時代だったかっていうと、富士山を始め各地で噴火や地震が起こり、東日本大震災で引き合いに出されて名前を覚えた貞観地震とか、大きな災害が立て続けに起きた時代でした。
最初は笠取山の祠に自分で彫った准胝観音と如意輪観音を納めた私寺だったそうですが、醍醐天皇が帰依して御願寺として薬師堂、五大堂ができたのが913年。
醍醐天皇が、醍醐寺にちなんで醍醐天皇って後に呼ばれるようになったってのも初めて知りました。
醍醐天皇は…古今和歌集を作らせたっていうのと、菅原道真を太宰府に左遷した天皇っていううっすらした記憶。
まあなんていうか、現世利益っていうか、新しい宗教、それも実効性があるものが求められていた時代ですね〜。
実際、祈祷など実践的なお寺さん(門跡)、醍醐寺や仁和寺、大覚寺などが拡大していったのと逆に、教義理論のお寺さん(道場)である東寺や高野山などは中世には衰退を免れなかったそうです。

以降醍醐寺は、天皇や武家の権力者の御持僧を勤めたり祈祷を行ったり、世俗権力と密接な関係を持ってきたわけですけど、何人かの先生の話に共通して出てきたのは、各時代に寺にとって大きな功績を残した座主がいて、それが現在の醍醐寺に繋がっているということで、名前が上がったのは主に3人。
足利尊氏に仕えた賢俊、足利義満、義持、義教と3代に重用され黒衣の宰相と呼ばれた満済、それから秀吉の醍醐の花見の時の、義演。

特別展の後期では、賢俊が尊氏に付き従って戦場へ行くことの苦悩を弟子に綴った手紙や、その賢俊が亡くなって四十九日に尊氏が書写した理趣経が展示されていて、これがまたあまりうまい字じゃないんだけど1字1字丁寧に書かれていて、これだけの字を書くには切実に悼む気持ちがないとできないことだなっていうのがひしひしと伝わってきます。
それから後期は崇徳天皇が御持僧を命じる綸旨があって、おおうこれが崇徳天皇の直筆…。
歴史上の人物の一面がありありと伝わってくる一次資料が豊富にあるという凄さが改めて実感できました。

講座の中でも面白かったのが「醍醐寺の舎利信仰と南都」と題された宝珠信仰に関する講座で、展示の中にそういえば醍醐寺のじゃない舎利容器があった謎が解けました。
醍醐寺で学んだ僧が南都で展開した舎利信仰っていう資料展示だったんですね。
東大寺の重源の、大仏にこめられた舎利は能作性宝珠(人工の宝珠)だったっていう話や、西大寺の叡尊、それから唐招提寺の国宝金亀舎利塔も実範が作らせたという木製の亀の舎利塔が元になっているのではないかとかそういう話がいろいろ。

そういえば博物館で理源大師坐像の調査をしたら、中に五輪塔がっていうニュースをこないだ見ましたが、その調査結果がもうちょっと早かったら展示に絡めて面白かったんじゃ…と思いました。

醍醐寺といえば修験道の当山派なわけですが、南の熊野を拠点とする勢力が天台宗園城寺の管轄下となり、聖護院門跡を棟梁として本山派が成立して、一方で大和の諸社寺の修験者によって大峰山小篠に本部を置く当山派が形成されたこと、当山派は聖宝を派祖と仰いでいたこと。それから近世に醍醐寺三宝院門跡が当山派の棟梁となった経緯とかそのへんの資料が学べてよく分かりました。
餅飯殿の商店街のスーパーのところに祠があって、そこに聖宝のことがちょっと書いてあるそうです。

絵画や仏像の話も色々あったんですが、まとめるのがきりがない……快慶の弥勒菩薩坐像は義演が下醍醐の菩提寺から三宝院に移した時に台座を作ったそうで、桃山時代の工芸の逸品だそうです。蒔絵とか、蓮華に夜光貝で宝珠とか。
1回目は台座まで目がいってなかったのでじっくり拝見してきました。

あとは、信海筆の不動明王図像をはじめとする白描図像は、研究のための描写を超えて、絵として面白みがあるというか惹かれました。

今回の講座の中で、御七日の御修法や宝珠信仰のお話が出て、京都で見た「国宝十二天像と密教法会の世界」や室生寺で聞いた講話とちょっと知識が繋がりました。
また近いうちに醍醐寺を訪れてみようと思います。
posted by すずる at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術館・博物館