2017年11月17日

大津と京都で博物館

秋、京都国立博物館では「国宝」展をやっていた。
会期は4期に分かれて、展示替えが多い。自分のコヅカイと余暇を考えると行けるのは1回……というわけで、事前に出陳リストを見ていつ行くか念入りに検討し、4期の、夜間開館のある金曜に行くことに決めた。

で、京都に行くんならと、同じ日に大津も行ってきた。
大阪駅からJRで大津京まで普通に切符を買うと、片道970円。これが金券ショップで大阪ー京都間の昼特切符を買っていくと、380円+240円で行ける。
電車に乗る時はこういう地味な節約をしてるんだけど、とうとう昼特が来年9月発売終了になるので、再来年以降は京都より東はどうやって行くことになるかなーと電車に乗りながら薄ぼんやり考えていた。

「大津の都と白鳳寺院」展。
天智天皇の大津京の特別展と聞いたら、飛鳥好きとしては行かざるをえない。
見てて思ったんだけど、ここの展示はすごく繋がりがわかりやすい。遷都前の大津の様子がわかる遺跡が紹介され、同時期に都が置かれた飛鳥宮、難波宮が紹介され、大津遷都があって、誰もが知ってる壬申の乱へと、考古資料から時代を描き出していく。で、最後は天智天皇の血を引く桓武天皇が大津に建てた梵釈寺の話で終わる。
地域の歴史を日本史に結びつけて、興味が湧いて来るような導入がうまいというか。
この展示をここら辺の子が見たら、日本史が一気に身近に感じられるんじゃないかなー。
あと相変わらずキャプションのキャッチが面白い。誕生釈迦仏の並びも、ついつい食いつきたくなるんよな。

天智天皇発願の崇福寺。そのお寺の名前は今回やっと認識したけど、今はもうないそのお寺の旧仏が、園城寺の頭身が低い重文十一面観音だった(これは見たことあった)と知って、そうだったんだーとか。
瓦、金銅仏、塼仏、塑像断片などとにかく見応えがあった。
雪野寺跡の塑像の童子の頭部ってほんとに白鳳?と思うくらいリアルな造形で驚くけど、塑像片てすごいいっぱい見つかってるんだなーとか。御所市の二光寺廃寺と名張の夏見廃寺出土の塼仏がいっぱいあって、同型の塼仏があるというから地図で位置関係を見たり、西宮の黒川古文化研究所ってけっこう塼仏持ってるんだなーなんか興味ある展覧会の機会があったら行ってみようと思ったり。
橘寺の塼仏が美しくて、一気に飛鳥に気持ちがいってしまった。飛鳥行きたい。
石山寺の観音さんは痛々しくて見るとつらい。
妙伝寺の如意輪観音さんにも、阪大の金銅仏展以来の再会。ほぼ独り占めで、正直、この日京博でお会いしててもおかしくないよなーと思いつつじっくり拝見した。
考えてみれば今回見た資料はけっこう奈良国立博物館の2015年夏の「白鳳」展で見ているはずなんだけど、理解は今回の展示でより深まったと思う。ていうかこの知識を持ってもう1回「白鳳」展行きたいわ〜。

京阪別所駅から乗り換えつつ東山駅に行き、少し歩いて細見美術館へ。「末法」展。
カフェは何度か使ったことあるけど、実は中に入るの初めてだった。照明暗い。
末法の世に生まれた芸術をただその美によって鑑賞する。
心掴まれる美しさのものがいくつかあって、興福寺伝来井上馨旧蔵の弥勒菩薩とか、手のひらサイズの如意輪観音とか、工芸の極みみたいな光背とか…こりゃ快慶とかそういうクラスのお像を飾ってないと嘘でしょみたいな…魂抜かれそうになった。
頭部に牛頭がついてる牛頭天王坐像とかどこ伝来なんだろうなー。
あと意外に蔵王権現祭りでもあった。
それから応挙の驟雨江村図が見られたのが嬉しかったのと、金峰山伝来の優填王像のポーズが、あっこれ奈良博の走り大黒さん!というのが印象に残った。
地下のカフェで国宝展に臨む前の腹ごしらえをして、バスで移動する。座れたのでよかったけど、東大路通を南下する路線はひどく混んでいたので、おけいはんまで歩いた方がよかったかなーともちょっと思った。いやでも体力温存したかったのでまあよいのだ。

京都国立博物館「国宝」。入館の待ち時間はなかったが、中はほどほどに混んでいた。3階からまわる。
まあ何年かこつこつ博物館、美術館巡りしてると、けっこう見たことあるというものも多く、桜ヶ丘銅鐸を見ては結婚前に神戸市立博物館にデートで行ったなーとか、荒神谷遺跡はほんと衝撃的だったなーとか(最寄りの荘原駅で記念に取った乗車証明をまだ財布に入れてる)、福岡の新・奴国展ほんっとすごかったなーとか、一つ一つ見ては思い出が蘇ってくるって感じだった。
崇福寺の舎利容器がここで見られたのは、大津とハシゴしてよかったことだった。

4期にした決め手は唐招提寺の金亀舎利塔、大井戸喜左衛門、小野道風だったので、これらは特に丁寧に見てきた。
1階の仏像室には仁和寺の薬師如来がいらしてた。トーハクの仁和寺展にもお出ましになるらしいけど、多分日程が合わないので、今回はまたとない機会ということでここぞとばかりに間近で拝見してきた。素晴らしい檀像。

国宝ばかりが並んでいて、それなりに見ごたえはあるんだけど、しかしやっぱり展示にもうちょっと文脈がないと、展覧会としての面白みには欠けるかなーと贅沢なことを思いつつ帰宅。
京都は普段から常設が凄すぎるんだよな。
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2017年11月12日

北陸旅行2日目 石川

朝は前日買っておいた焼き鯖の棒鮨でスタート。
ホテルから15分ほど走って、拝観が始まる8時半前に那谷寺の駐車場に着くと、もうけっこう車が停まっていて、なんかお祭りでもあるのかと少し考えて、あ、紅葉か!と思い当たった。
松尾芭蕉はこのお寺で「石山の石より白し秋の風」とよんだ。
けれど現代の我々は秋には赤を見に行くわけです。

那谷寺は2013年春に金沢旅行をした時に訪れて、苔と落ちた椿が美しかった。ただ1時間に1本くらいしかない帰りのバスの時間を気にしながらだったので、十分見られなかったのだ。
特別拝観券を買って、金堂から書院、庭園の方へ。

庭園に出ると、池があって中島があって、そのバックの三尊岩のスケールが大きすぎて、ちょっと他にはない感慨がある。

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兼六園とか行っても、名木がごろごろあって驚くけど、ここは石がすごくて、加賀百万石すごいなーとか、茶人がここに来たら、嫉妬で転げ回るだろーなーと思いつつ歩いた。

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つくばいなんか見てもただごとではない感じがするもんなー。

宝物館は上杉謙信の遺愛の琴がまずあって、与謝野鉄幹と晶子の歌が添えられている。2人もこのお寺に来て同じ物を見たんだなーと実感する。
あと鎌倉時代の泰澄像とか、後陽成天皇の宸翰とか、鎌倉時代の前のめりな風神雷神像とか。

それから参道を奥の方へ歩いて本堂へお参り。
前回は奇岩遊仙境を歩いてた人がいたと思ったけど、今回は人が多いからか立入禁止になっていた。
鳥居があって、岩窟みたいなのがいくつもあって、いかにも修行場って感じがする。

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本堂から三重塔、展望台と歩いて、ここは大名庭園と山岳の行場が一緒になったみたいな面白さがあるなーと考えた。

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それから小松市立博物館へ移動して「那谷寺と白山信仰」展。
那谷寺の資料と、那谷寺を再興した前田利常が寺に寄進したものが主に展示されていた。
那谷寺は瑪瑙の産地だったそうで、瑪瑙をあれこれやり取りする文書があって、うーん富のにおいがする。
それから一向一揆ってほんっと激しかったんだなー。
那谷寺は何度か衰微した時があって、けっこう資料に断絶があるのかなーと思った。
前田利常の存在の大きさは分かるんだけど、自分が興味があるのは主に古代なので、復興された那谷寺のどこが前の時代と繋がっててどこが違うのかがもう少し知りたかった。

小松市立博物館の3階は石の展示で、貝の化石が天狗の爪石と呼ばれたというのが面白かった。不思議な石だと言われていたら実は化石だった、ってけっこう多いのかもね。
ここは自然史料が強いみたい。もらったリーフレットを読んだら、那谷寺の庭園の庭石や飛び石には、碧玉や瑪瑙、水晶、オパールなど地元産の石類を使用しているらしい。
こういうの。

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ゴージャス!
あと小松市内の石が見られる場所がけっこう気になる。石切り場とか、ハニベ岩窟院とか。

次は白山比盗_社へ行って参拝。

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七五三の子がいっぱいいて可愛かった。丁寧に参拝してる人が多かった。
宝物館がけっこう充実していた。面白かったのは、白山の3つの峰の御正躰の厨子とか。厨子の中に3つの山がどーんと入ってそれぞれ上に宝珠が乗ってるの。あと平安時代と鎌倉時代の立派な狛犬。

このへんは取手川と山の景色が本当に良かった。

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道の駅でラーメンを食べて、最後に行った白山市立博物館「白山下山仏と加賀禅定道」。
ここが山岳宗教に興味があって仏像スキーな自分にとって、加賀馬場からの禅定道、白山登山の資料と明治の神仏分離で白山から下山した仏像の展示が見られてもう最高だった。磨崖仏とか写真パネルも色々あったし。
成人儀礼としての白山登山とか、具体的に白山に登ったことが伝わる資料ていうか。
行人札とか、上下に彫刻があって本で読んで想像していたよりずっと立派だったし、やっぱり百聞は一見にしかずってことやなー。
金劔宮の狛犬は白山比盗_社ともちょっと違って、ずいぶんずんぐりむっくりしていた。獅子舞みたいに。
それからいかにも地方って感じの仏像がいろいろあって、それからまるで役者絵みたいな銅打ち出しの不動明王、金剛童子が印象に残った。
林西寺にはいつかまた石川に行く機会があったら行かねば。
図録はなく、鑑賞の手引(300円)があったので、頂いてきた。

今回はあちこち周って、いろいろ得るものがあったけど、秋のドライブはそれだけで気持ちよかったし、満足の旅行になった。

北陸道をSAに立ち寄りながら敦賀に向かい、車を返却。2日間で360kmほど走っていた。
帰りは新快速に乗ってごとごと大阪へ帰宅。
タグ: 仏像
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2017年11月11日

北陸旅行1日め 福井

ここ数年、山岳宗教とか修験道が気になってて、展示があると聞けばあちこち行ってるんですが、白山開山1300年記念の特別展を北陸のあちこちでやってるのを知り、これはいい機会だとレンタカーを借りて1泊2日で巡ることにしました。

サンダーバードで9時に着いた敦賀駅は冷たい雨だった。大阪の生ぬるい気温に慣れきった身には厳しい冷えに、レンタカーまで小走りになる。
しかし高速を使って越前町へ向かうと、空は次第に晴れてきて、柿の木に実がなり、刈り取りの終わった田んぼや古い家、色づいた山の風景は、どこか奈良の田舎に似ていて、
「奈良やー」
「奈良やなあ」
と会話した。
なんか懐かしさを感じる田舎の好ましい風景を奈良っぽいと言ってしまう我々。
秋の色ってなんで目に快いんだろう。ドライブ目当てにまた訪れるのもいいなと思うくらいだった。

最初に到着したのは越前町織田文化歴史館「異人研究 泰澄11の疑問」展。
白山を開山した泰澄の研究を、「泰澄は実在したのか?」に始まる11の疑問にまとめて、パネルで展示している。
一見して凄い面白そう。だけどかなり文章量が多い。この場で読み切れる気がしない。しかもパネルに載せきれなかった研究は図録にって書いてある。
圧倒的な熱量を感じる。
これは図録を買うしかなかった。

展示では十一面女神像をこちらで見ることができた。
女神像の頭に十一面観音みたいに化仏がついている、まさに神仏習合!って感じ。大きさも木を削ったあとが見える顔つきもそれぞれがちょっとずつ違う。日吉神社の如来形坐像は現状では顔がなく、ぐるぐると筋というか彫りあとなのかがあって、一見してすごく異様な姿だった。顔の中心に節があって、元々顔がはっきり彫りあらわされてなかったのではないかと図録には書いてあった。
それから林光寺の新出の御本尊阿弥陀如来とか。
劔神社の国宝梵鐘もこちらで展示していて見ることができた。

せっかくなので隣の劔神社に参拝…しようとしたら、大雨。
神社に行って雨が降っても晴れても、おっ歓迎されてるなって思う性質ですが、これは激しかった。そしてからっと晴天。

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ここでは、縁を切りたいことをかわらけに書いて割るらしい。特に思いつかなかったのでやらなかったけど、あとで関節痛って書いてやっとけばよかったなーと思った。

この日の最後に、福井から白山に登る拠点となる越前馬場の平泉寺白山神社に行く予定だったけど、遅くなりそうだったのと、時折強い雨が降ってくるので、この時点でとりやめることにした。
考えてみれば、ここから泰澄の最初の修行地であり、入寂の地でもある大谷寺に行くという手もあったなー。でも時間がやっぱり厳しかったな。
また次回の楽しみにまわすことにする。

1時間ほど走ってみくに龍翔館へ。

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外観は近代建築っぽいのに中は新しくて、あれ?と思ったら、明治時代の龍翔小学校の外観を復元した建物らしい。
デザインしたのはM・C・エッシャーの父親だそうで、それにちなんでか上の階ではトリックアートを展示していた。
港にある丘の上の洋館風博物館て、なんかポテンシャルが高いな。

展示はまず特別展示室に入る前にある三国祭りの弁慶と牛若丸の大きな人形が乗った山車に、でっかい!と度肝を抜かれる。
ここでは「豊原寺・東尋坊と白山へのまなざし」展をやっていた。
泰澄開基の豊原寺は室町時代までは三千坊と言われるほどの規模があったらしく、興福寺のお坊さんの日記『大乗院寺社雑事記』にも動向が出てくるそうで、それ今年『応仁の乱』で読んだやつ!となった。
ここでは古文書、豊原寺跡からの考古資料と、國神神社の白山参詣曼荼羅などが見られた。山の間に噴火が描かれてて、絵解きでは噴火はどんな風に語られたんだろうなーなんてことを考えた。
あと豊原寺の平安時代の木像薬師如来像とか。
あと「深蛇龍仙洞」というかっこいい扁額が印象に残った。深沙大王を祀っていたらしい。

展望室に上がると九頭竜川の河口が見られた。山も見えたけど、白山がどれかは分からなかった。

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せっかく港の方まで行ったので、お昼は海鮮丼。あら汁と小鉢もついてけっこうボリュームあった。

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お昼を食べて福井市へ。
福井県立歴史博物館の「泰澄」展へ。タイトル通り泰澄についてのバランスのいい内容だった。
泰澄と二行者像、泰澄のお顔が斜め上を向いてるのが印象的。白山垂迹曼荼羅の、描かれた泰澄が顔を傾けてるのをそのまま表現しているらしい。
仏像では金剛童子と不動明王が特に印象に残った。金剛童子は行者を守る守護神として独立して信奉され、厨子に収めて修行場まで運ばれたと伝えられているそうだ。
あと、ここでは大きな写真パネルの白山が美しくて、ここいらの人は遠い昔からこの美しい山の姿を見ながら生活してきたんだなーという実感でしみじみした。
図録を買う時、2014年の白山曼荼羅展の図録も並んでて、ぱらぱらめくったら面白そうだったので一緒に買って来た。

博物館のカフェで休憩してから福井市郷土歴史博物館へ。常設に「福井市の霊山文殊山」の展示がちょっとあって、越前市の大虫神社に泰澄大師像として伝わった、泰澄寺の僧形神像があった。
常設を見てから、隣の養浩館庭園へ。

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JR大阪駅にこの庭園の美しいポスターが貼ってあって、気になっていた。福井藩主松平氏の別邸だそう。
書院に入ると水面が近いのに驚いた。

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茶室ではお茶会があったようで、着物の方が何人かいらして、着物姿を見るのが好きな自分としてはけっこうほくほくとしていた。

1日目の宿は山代温泉のビジネスホテルで、向かう途中雨がかなり酷くなり、なんかずっと先頭で対向車のライトと濡れた路面からの反射でだいぶ怖い思いをしたので、無事に到着してほっとした。

夕食はホテルの近くのかどや喰堂で創作カツ丼。

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スパイシーチーズカツ丼を頼んでこれはこれで美味しかったけど、旦那の食べてた醤油カツ丼が匂いからして美味しそうで、そっちにすればよかったーと地味に後悔した。
醤油カツ丼て福井の方の新しい名物らしいけど、多分これ絶対うまいやつ。
早めに就寝。
タグ:仏像
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2017年10月31日

長沢芦雪展

この前フェリーで隣り合った方とおしゃべりしてて、バスで大阪から名古屋に最安値なら1000円台で行けると聞いて、へーそりゃ安いっすね!とそれが頭に残っていたのは、名古屋の愛知県美術館でやってる長沢芦雪展に行くかどうか迷っていたからだった。

2016年に和歌山で「蘆雪溌剌」展を見たし、今回目玉作品を出品してる無量寺の応挙芦雪館にはいつか直接行けばいいと思っていたけど、ネットで調べたら日によっては往復3000円くらいで名古屋に行ける。それなら滋賀あたりに行くのとあんまり変わらない。なら行くよねー、とバスを予約した。

自分の日記を遡ってみたら、芦雪の名前を認識したのは愛知県美術館の応挙展が最初だったようなので、ここに戻ってくるのも必然といえるかもしれない。

名古屋駅に着いて味仙の台湾ラーメンを食べてさっそく地下鉄移動。
帰りのバスは5時間後。滞在時間のすべてを芦雪に使える。単眼鏡も持ってきた。
結果、やっぱり行ってよかった。
滝川を描く大胆な線とか、竹に朝顔のつるの見事な構成とか。もちろん虎かわいい。それから猿の孤独。
静岡の「アニマルワールド」展で見ていいなーと思っていた絵も再び見ることができた。

それで、師匠の応挙とテーマが同じ絵を比較できるように並べられていたけど、改めて私は応挙が飛び抜けて好きだなーと確認した。いやもう気の遠くなるような細密な線とか、匂い立つような牡丹の色合いとかほんともう。
またどこかで応挙の大きな展覧会があるときは、どこであっても必ず行こう。

見ていて、なんというか、画家が「この白い面に好きに描いてよい」と与えられたときに、何を描くのかっていうことを考えていた。自由というか。
それから、芦雪がもし70、80まで生きていたら、どういう境地にいったのかな〜ということも。だって晩年の作品見ても、まだ全然到達点って感じしないもんね。

3時間くらいいて、図録と来年のカレンダーを買って出る。

そういえば常設も見たんだけど、木村定三コレクションから発見されたという高麗の鏡架がすごかった。素晴らしい細工で、鉄地金銀象嵌という技法だそう。

名古屋駅に戻り、とりあえず赤福に入ってぜんざいを食べて、バスで3時間かけて帰る前の腹ごしらえ。
高島屋の地下でスイートオブオレゴンのチーズケーキをお土産に買って帰宅。
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2017年10月29日

イケフェス 中央電気倶楽部

大阪市内には倶楽部が3つある。
公開見学会がある大阪倶楽部、日本綿業倶楽部と違い、会員制で内部非公開の中央電気倶楽部は、なかなか入る機会がない。
建物の前はよく通るので、気になっていたのだが、なんの縁もない一般人が入り込むにはイケフェスが(多分)唯一の機会……ということで、特別公開に申し込みをしていた。
当日は台風が来ていて、朝から警報が出るか出ないか天気情報を見てはやきもきしていた。

中央電気倶楽部。大正3年に設立された社交クラブで、今の建物は昭和5年に竣工した3代目。

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設計した葛野壮一郎は他に弁護士のテナントが入る大江ビルヂングなどを設計していて、初期のオフィスビルを日本に導入したそう。

個人で楽しむ分の写真撮影はok(ネットにあげるのは×)ということで、写真をとりまくってきた。
あと中に入れないと思ってたけど、1階にある喫茶室は実は会員以外でも使えるそう。

中はトラバーチンという石材がとにかくふんだんに使われていて、あと階段や段差が細かくある。
広い部屋を段差を使って機能を分けているそう。ロビーとビリヤード室だと天井の高さが違って印象が違う、とか。
あと階によって壁面が石中心だったり幅の広い木材中心だったりで、かなり印象が違った。
4階のホールとか3階の大食堂とか、5段程度の手すりつきの石の階段を上がって重厚な木製の入り口から入るという、アプローチが特別感がある。

マッサンとか関西制作のドラマなんかで撮影に使われることもあるそうで、知らずにこの建物内部を見ているということもあるかもしれない。

和室とか囲碁室なんかも見せていただいて、堪能してたらあっという間に時間がきた。

この日は足元が心配だったので早めに帰宅したけど、また都合があったらイケフェスの機会にあちこちまわりたい。
タグ:建築巡り
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